経験を重ねると色々な事が見えてくる。まず、傷付く事を嫌というほど知る。そして、嘘も時には大切だと知り、それを理由に本音がなかなか言えなくなったりと、自分を守るべき鎧を作ってガードする、いわゆる“守り”の体制を作ってしまう。無邪気に何でも話が出来ていた子供時代とは違って、社会に出たりあらゆる年代の人と接する事になると、ある時、100%の胸の内を明かすのはほんのごくわずかな人になっている事に気付く。誰だって傷つくのは怖い。でもそれを乗り越えつつ、ほんの少しでも何かを学んで進む事ができれば、それこそが成長であり“勉強”であると言っていいのではないだろうか。そして、きっと人は死ぬまで様々な葛藤や悩みなどを抱えつつ勉強して行くのである。ZARDの坂井泉水は、そんな人の性である悩みや傷付くといった事に、非常にデリケートな感性を持っている人である。それは歌詞を見ていれば一目瞭然であろう。力強い応援ソングを歌っているのに……? 傷付く事を恐れない強い女性だからこそ応援ソングを歌っているのではなく、傷付きやすいから、人一倍痛みが分かる人だからこそ、だからこそ、前に進む後ろ楯となるようなポジティヴ・ソングが歌えるのではないだろうか?、と最近しみじみと感じている。弱い感情を強さや勇気へと昇華させる彼女の唯一の手段として、作品が生み出されているのだと思う。
久々にリリースされた前作「明日を夢見て」は、あの時違う決断をしていたら……と誰もが経験する人生の分岐点を思いながらも、そんな時間を経ても前を向いていこうとする主人公の姿が描かれていた。今作も前作と同じテーマとしての流れを組みつつも、「前回の「明日を夢見て」のテーマ“life=生きている”という同テーマも兼ねていて、そこにもう少し男女の色香が出ている感じです」と、さらに新しい要素を取り入れた作詞を行ったと言う。何度も繰り返されるサビのフレーズでもあるタイトル「瞳閉じて」。歌詞では瞳を閉じて、そこにあるあなたの真実を私に伝えてと言っている。この“瞳を閉じる”という行為、彼女にとっては「瞳を閉じる→五感が冴える→素直になる」という事だそうだ。お互いの心が知らず知らずの内にすれ違い、本当の事も聞けず、言えず……。そんな状況は「男女のかけひきのようであり、人間らしい愛であり……」と彼女が言うように、恋愛の中で必ず出てくる相手にストレートに想っている事を言って欲しいといった気持ちが伝わってくる。だからといって、ここには悩みや焦燥感や諦めだけが綴られてはいない。「この曲を聴いて「今日も一日元気を出そう」と思って貰えたら嬉しい」と言うように、“瞳を閉じて”お互いに素直になれば何かが変われるといった、2人が本当の意味で理解し合った時には素晴らしい未来が満ちているのだと、もっと先へと視線を転じている。
そして、そんな空気の流れをさりげない表現で映し出しているのが、このフレーズ。――“雲の色が違うわ 雲の色が 今日は明るい”“雲の流れが違うわ 雲の流れが 今日は速い”。日常の中でもふと何かが変わる、何かが起きる、そんな匂いや予感が湧く事がある。そんな時、きっと周囲にちょっとした兆しがあるはず。それを雲の色や流れで、何気なく伝える、そんな彼女らしさが前作と同様(まだ僅かに 木漏れ日が揺れるから)にくっきりと出ている。そして一番のポイントとなるのが、本当に愛情一杯の言葉“君が笑うと嬉しい 君が笑うと とても眩しい”。この言葉は「ノートに言葉をいっぱい書いてあるのですが、この場所に入るとより強調され、効果的ですね」と言うように、彼女が日頃書き溜めている言葉の一つから選んだものだそうだが、こういう温かくなる言葉がキーとなっている事からも、この作品が象徴されている。
サウンド面では、ドラマティックな展開を作るバック・トラック、ヒートアップしていくヴォーカルと、全てにおいて凝った音作りがこれまで同様に行われている。
「アレンジに関しては、デモテープのピアノの感じが良かったので、お願いして1コーラスだけメロディアスなピアノバックのみにして頂きました。毎回少し違うアプローチで攻めたいという思いがあって、クラシカルなピアノで始めて、力強いリズムの中にもメロディアスな生音を入れたかったので、ジャズ・ピアノ、サックス、アコギ、ギター、オブリ等を追加で入れて頂きました。「静と動」は私の中にあるリズム。個人的に後半ドラマティックに盛り上がる展開が好きです。ヴォーカルに関してはセルフ・ディレクションなので、まだ客観的な評価は出来ません。私は納得のいくテイクのみ残して選ぶというやり方ですし、どれだけ歌ったことか……(笑)。どうしても私の中では“昔のZARD(坂井泉水)の声”を再現しようとする所があるんですよね……。年々表現力が必要とされますが、色々なパターンを試み、敢えて“上手そうに歌う”のを止めたら少し答が出ました」
そのように制作が行われたこの曲は、まずはピアノの美しいクラシカルなフレーズをバックに、 感情を抑制させたヴォーカルのみが優しく重なる。サビ部分からリズム隊の音色とコーラスがうっすらと重なっていくと、ヴォーカルも強さを増していく。2番になると、各楽器の音色が力強いリズムを奏でるようになり、ヒートアップしたヴォーカルは完全に解放された伸びやかさで広がる。ピアノの跳ねたジャジーなリズム、そしてディストーションの効いた情熱をたたえたギター・ソロで温度が一気に上がった間奏からは、それに導かれるように疾走感のあるナンバーへと一気にテンポ・チェンジが行われ、ドラマティックに盛り上がっていく。そしてエンディングではその高揚感を持続させるように、その先にも“未来”があると実感させる、どこかに繋がる穴へと吸い込まれていくような、そんなイメージを持たせるシンセのSEで一気に終わる。起承転結とその先にある未来を感じさせる心の変化が、歌詞だけではなくサウンドでも表現されている。
c/w「愛しい人よ〜名もなき旅人よ〜」は、大人の方にこそ聴いて貰いたいナンバー。いつまでも純粋な夢を追い掛け続けられる人は少数。そんな夢を置き去りにしてしまった“あなた”をそっと見守る優しい女性の視線。そんなあなたの存在を“子供のままの人よ 名もなき旅人よ”と母性的な言葉で呼び掛けている。“今は あなたらしさも消えて 都会模様”なあなたに対しても、“あの約束は忘れない”“明日はきっと晴れるでしょう”と励まし、そして“名もなき旅人よ 愛しい人よ 壊れた心を そっとほどいてあげたいよ”と包み込むような言葉を囁いている。この歌詞については「そういう大きな人間愛と、尊敬し合う仲だからこそ反発もあるというような部分」を描いていると言うが、全編に渡って淡く優しい色彩となった作品は、ともかく心に染みる。ナチュラルなヴォーカルからも、この曲はすんなり情景に溶け込んで歌いやすかったのでは?と聴いてみると、「この楽曲を選曲した理由も少し古く懐かしい感じがしたからですが、キーもいろいろ試して、かなり歌い込んで、パッといいヴォーカルをセルフ・ディレクションしました」と、ここにも一聴しただけでは分からないこだわりがあった。
この“旅人”にちなんで、坂井泉水としての人生ではどんな旅を過ごして行きたいのかを聞いてみると、「時には起伏のある、そして実りある人生を、旅を、していきたいです」との事。根っからのアーティスト気質な彼女。その起伏は他の人よりさらにアップダウンが激しい気がする。それを糧にまた新たな世界が広がって行くのだろう。
前作の時、既にアルバムが制作できるほどの楽曲のストックがあるとコメントしていたが、今作はその中からではなくまた新たにデモ・テープから探すいちからのレコーディングが試みられている。
「また別に探しました。アルバムに収録されてもいい楽曲ですが、やっぱりシングル向きの曲だと思い選びました。時期は前作シングル発売後すぐに、膨大なデモテープを1曲1曲聴き、6曲ぐらい選び、またその中の曲をプレゼンした形です」
さて、今か今かと待ち焦がれているアルバム。その後の制作状況は?
「久しぶりのオリジナル・アルバムで、マイペースの私はスタッフの皆さんに協力して頂きながらも四苦八苦しています。質を落とさない様に、1曲1曲、全力投球したいと思います」
最後にファンの間では既に話題となっているが、大阪で行われている「THURSDAY LIVE」に坂井泉水が3月27日に参加していたのだ。偶然近くでレコーディングをしていた彼女が、意気投合した事がきっかけで、新人アーティスト滴草由実のステージに飛び入り参加!! これまでのZARDの活動からでは考えられないような、突発的な出来事である。このライヴでは「君の瞳に恋してる」「Call me」のカヴァー2曲を披露していたのだが、オリジナルではなくカヴァーというのはそうとう緊張したのでは?
「意外に思われるかもしれませんが、オリジナルの方が緊張しますね」
これを機にライヴをまたやりたくなったのでは……?とさらに聞くと、「いえ、反対に軽々しく言っちゃいけないなと思ったりします(笑)」と、“妥協を許さない”と良く口にする彼女らしいコメントが……。生半可なものではなく、せっかく見てもらうからには完璧なものにしたいといった気持ちが伝わる。でも、「瞳閉じて」もライヴ映えする曲ではないかと言うと、「ええ、みんなで歌えるような感じにしたかったので。ちょっとだけフリも考えているんですよ(笑)」と。 さらに読者に向けてのメッセージを頼むと「今年後半も期待していて下さいね!」のとコメント。そうそう簡単には……と思いつつも、彼女の胸にあのエキサイティングな空気をまた体感したいといった思いが湧き上がる可能性が大きいのでは……?と、嬉しい予感がする言葉が聞けた。
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