稲葉浩志
「LIVE 2004
〜en〜」
at 日本武道館


 稲葉浩志が初のソロ・アルバム『マグマ』を発表したのが97年。あれから7年の月日が流れ、その間にアルバム3枚、シングル3枚がリリースされた。作品が発表されるにつれて、B'zとは違った稲葉独特の世界観が充満したソロ・ツアーが待ち望まれていたが、遂に今年決行される事となった。9月8日に日本武道館で行われた模様をレポート!

 前日の9月7日に松本率いるTMGがツアー・ファイナルを迎えた武道館。その翌日に稲葉が同じステージにソロとして立つ事となった。19時15分過ぎ。それまで流れていたBGMからヴォリュームがひときわ大きくなり、トム・ウェイツの「I Wish I Was in New Orleans」が流れ出し、ゆったりとしたブルージーなメロディに乗せた独特のしゃがれ声が場内に響き渡る。終わりに近付くと場内が暗転し、曲が終わるとライヴの開始を予期したオーディエンスから拍手が湧き起こり、いよいよといったざわついた空気へと変わる。暗がりの中、シースルーの幕の向こうにバンド・メンバーがポジションに付く気配とシルエットが見えると、一段と拍手が大きくなっていく。オープニングは1stソロ・アルバム『マグマ』1曲目収録の「冷血」。キーボードがあの独特なうねりを持った低音リフを奏で、照明が明るくなって姿が見えると大歓声が上がる。グリーン、パープル、ピンクの照明がクルクルと回転して、いっそう幻想的な雰囲気を強めていた。しっかりとしたグルーヴのあるナンバーに、ストーレートに内面を綴った歌詞、そしてソロ作品の1曲目でもあるこのナンバーを初ステージのオープニングに持ってきた意味を噛み締める。曲が終わり幕が落とされて稲葉の姿がはっきりと現れると、場内は歓喜の声に包まれる。
 「くちびる」では左右に白い布が垂らされ、外国人女性と稲葉のモノクロの写真が映し出さていたが、それが風にはためいてセクシーさを強調。楽曲の色っぽさをより伝えるような演出に目を奪われてしまった。
 稲葉が「お元気でしたか?」と言うと、オーディエンスから大きなコールが返される。それを嬉しそうに受け止めると、さらに2回のコール&レスポンスを繰り返す。B'zの時ともソロでこの夏出演したロック・イベントの時とも違った、リラックスした穏やかな表情が伺えた。
 ライヴ前半はミディアム、スロー、アコースティックなナンバーでしっとりと、アダルトな雰囲気の聴かせる曲が占めていた。麻井がベースをウッド・ベースに持ち変え、大賀と綿貫もダブルでアコースティック・ギターをプレイし、稲葉が情感たっぷりにマイクスタンドを掴んで歌った「Touch」。ステージ上で何十ものろうそくが灯された静寂の中でいきなりヴォーカルから始まった「I'm on fire」。この曲では、さざ波が沸き起こっていくかのようなドラマティックな音色を叩き出していたドラム・アレンジが、一層静謐な世界へと盛り上げていた。息も止まりそうなほど相手を想う気持ちが、抑えられない感情の波が、稲葉の1語ずつ区切るように言葉を大切にした情熱的なヴォーカルからもしっかりと伝わり、歌詞の想いが胸に響いてくる。
 ステージ中央に椅子が用意されると、大賀と2人のアコースティック・コーナー。MCでは楽屋で起こった出来事や近況などをいつもよりもくだけて話し、より稲葉浩志という1人の人間の素顔を見せていたように思う。「ファミレス午前3時」では2番の歌詞がスクリーンに映されると、オーディエンスから大合唱が起こり、それを見ている稲葉の幸せそうな笑顔は本当にナチュラルだった。ここで特別ゲストとしてdoaの徳永暁人、大田紳一郎の2人がコーラスで登場。彼らがコーラスで参加しているニュー・アルバム『Peace Of Mind』のオープニング・ナンバー「おかえり」を披露。稲葉、大賀、綿貫によるトリプル・アコースティック・ギターの軽快なカッティングと、広がりを見せるコーラスとの重なりが爽快で心地良い。「I AM YOUR BABY」では、アコギとブルースハープを熱演。両方を巧みに操る光景には目が奪われる。さらにニュー・アルバムから「水平線」もプレイされた。タイトル通り、夕陽が水平線へと沈んで行く光景が目に浮かんでくる美しいバラード・ナンバー。サビの“おねがい どこにもいかないで……”の切ないフレーズとヴォーカルが耳に残るが、真っ直ぐに伸びる水平線の変わらない美しさから、寂しさや儚さを漂わせながらも命に漲る強さといったものが伝わってくる、じんわりと胸の奥が温かくなる楽曲である。
 ブルースハープでメロディを付けて「Tokyo baby!」とコール&レスポンスでオーディエンスの士気をさらに高めた所で、いよいよ後半戦へと突入。ここからはハードでノリのいい楽曲ばかりが続き、一気に温度を上昇させる。ステージ左右で身体を折り曲げて、ほとばしるエネルギーを感じさせた「O.NO.RE」、会場全員がこぶしを振り上げて参加した「CHAIN」、大合唱が湧き起こった「Seno de Revolution」、攻め立てる勢いのあるロック・ナンバー「正面衝突」と続く。聴いていて奮起させられる「正面衝突」では、スクリーンにボクシングの試合をしている稲葉の姿が写真とイラストで繰り広げられるが、最後には殴られてぐったりとタバコを吸っている姿が映し出されていた。「みんなから素晴らしいエネルギーをもらいました」とラスト・ナンバー「AKATSUKI」へ。ソリッドな音の重なり合いが押し寄せてくる迫力のこのナンバーで、本編は終了した。
 アンコールで登場した稲葉は、「ソロ初の武道館で、一緒に濃い時間を過ごしているのもご縁だと思うので、そのご縁を胸に刻んで、辛い時は取り出して“武道館は良かったな”と思い返しつつ残りの人生を歩んで行きたい(笑)。素敵な時間をありがとう」と、今回のソロ・ツアーが大切な記憶の1つとして残っていく事への感謝の気持ちと、ツアー・タイトルにも込めた“縁”という言葉を口にした。
 アンコール1曲目はピアノ伴奏のみの「遠くまで」。しっとりとしたバラードが、ズシリと心に存在感を落とす。再びdoaの2人が登場して「愛なき道」へ。照明が一斉に付いて場内が明るくなったので、オーディエンスが嬉しそうに歌を口ずさんでいる姿は、きっとステージ上にいる稲葉にもくっきりと見えていたに違いない。最後にそんな姿を目に焼き付けたかったのかな……、といった考えがよぎった。
 メンバーがいなくなり1人になるとステージ左右へと歩いて行き、深くお辞儀して「夢と勇気と希望を一杯もらいました」と挨拶をして大きく手を振りながらステージを後にした。
 スクリーンには縁・宴・艶・炎・煙・円・園……といった文字が浮かび上がってきて、“en”というツアー・タイトルには多くの意味が込められていたのだと改めて実感。そして、enからendへと変わり、本当にライヴが終了する。
 今回のソロ・ライヴはいつもより饒舌にMCをする姿や、始終リラックスした表情が見られた事からも、稲葉とオーディエンスとの距離がグッと近くなったステージになっていたのではないかと思う。また、より言葉を伝えようとするヴォーカル・スタイルからも、歌詞に対する彼の思いの強さが感じられた。
 “どこまでも 楽しんでいける 自分の道なら ときに はげしいさみしさと戦いながら もしも だれかが 望むならば 美しい思い出だけを 胸にひめ とびだそう”
 彼の言った言葉と、「愛なき道」の最後のフレーズがシンクロする。稲葉が作品を創るプリミティヴな想い、そして歌詞や言葉に込めている“稲葉浩志”という“ソロ・アーティスト”の深部、そういったものがダイレクトにより身近に感じる事が出来た、やるべくして行われたライヴになっていたのではないかと思う。