97年のデビュー以来、着実にその世界観を作り上げてきた小松未歩が1月26日、7枚目のニュー・アルバム『小松未歩 7 〜prime number〜』をリリース。相変わらず繊細で奥行きのある小松未歩の世界観が滲み出た、魅力ある今作品の味わい処を探ってみた。
7枚目のアルバムを出せると聞いて一番驚いたのは他ならぬ本人だという逸話を聞いて、確かにもうオリジナルで7枚目にもなるんだ、と思った。97年5月のシングル「謎」のデビュー以来、行動ベースではまさに謎の存在ながら、コンスタントに作品をリリース、気が付けばもう7枚目。約1年おきのペースでアルバムを作り、楽曲数も優に100曲は下らないだろう。丁寧に作られ続けてきたそれらの作品は移ろう流行とは無縁の領域で育まれ、どの曲も今聴いてもその輝きは色褪せていない。そんなエバーグリーンな小松未歩作品にまた新しい仲間が加わった。
最新作『小松未歩 7 〜prime number〜』である。
このアルバム・タイトル、小松自身のコメントによると「7は1と7でしか割れないプライム・ナンバー。ラッキー7という言葉もありますし。そんな風に7という数字の重みと喜びをこれまで支え続けて下さったファンのみなさんに感謝の気持ちを込めて名付けました」との事。
そこで、僕はまず今作の“割り切れない”という響きにピンときた。そうなのだ、小松未歩は割り切れない、やり切れない、やるせない女心を描かせたら天下一品のシンガー・ソング・ライターではないか。「砂のしろ」に表現された危なげな恋の行方、「じゃあね それじゃあね」では、恋人の家から出ていく気丈にも脆さを秘めた女性像を描き、「diplomacy」では恋の駆け引き、「I 〜誰か...」での絶望愛etc…と思い浮かぶだけでも、一筋縄では割り切れない恋愛の機微が描き出されたナンバーが今作にも数多く収録されている。
そのどれもが精緻な詞で表現され、まるで映画の1シーンのような情景を呼び起こす。そう、そしてまずはこの作品、作詞に注目して欲しい。
僕はいつもながらとはいえ、今作では特に彼女の作詞世界に圧倒されてしまった。「歌うマエストロ詩人」の称号を贈りたいくらい彼女の紡ぎ出す詞のセンスは秀逸だ。
例えば、
“ひとは大昔 海に棲んでたから 懐かしい想いが溢れただけ ながれる涙も 塩からいじゃない その名残 いまも感じただけ”(ひとは大昔 海に棲んでたから)
“砂のしろのような運命に巻き込まれて 堪えてた涙がホロリこぼれ落ちた まぶしい陽射しに色づいた街は 嫌い みんな 幸せそうに見えて”(砂のしろ)
“淋しい夜は ベッドにもぐり ふたり 肩を寄せ合ってた 月も出ないビル街だけど いつか ここが故郷になる”(故郷)etc……。
1ブロックの中だけでも文字の一語一語に意味があり、それが絡み合って1曲の中で完結したストーリーになっていく。オリジナル以外のなにものでもないその世界観。70年代のユーミン、80年代の中島みゆき、そのストーリーテラーの系譜を脈々と受け継ぐ正統的シンガー・ソング・ライターの才能が見事に表現されている。必ず歌詞を詠み込みながら聴き入って欲しい。
そして次に耳を傾けて欲しいのは、彼女のヴォーカリストとしてのこだわりの部分だ。小松未歩作品の特徴は幸福感も不幸感も感受性豊かに表現し、歌詞やメロディでも多いに聴き手の情緒に訴えかける部分が多いのだが、実はその情緒的な部分であの歌声が非常にウエイトが高いのを発見した。今作でもデビュー時からの変わらぬ瑞々しい歌声を聴かせてくれているヴォーカルだが、悲しい曲でも嬉しい曲でも彼女は出来るだけ感情を抑えて歌っていて、そのフラットなヴォーカルの表現力が、かえって聴き手の曲に対する思い入れを深くさせている。例えば彼女の今回の詞には、イヤとか嫌いとか痛い、ボヤク、究極は殺したというようなネガティヴ・ワードが使われていたりするのだけれど、そういった毒のある表現を、あのスラリとした歌声とサラリと抜くメロディで聴かせてしまう。耳あたり良く、かつガツンと心に響かせる楽曲コントロールの技、ヴォーカルの妙は、小松未歩の非常に理性的なクリエイティヴ・ワークを見せられたようで、だからこそ彼女は7枚のアルバムをリリースし続けられるアーティストなのだ、と改めて感じさせられた。
さらにそんな小松未歩の才能を引き立て、小松未歩作品の普遍性を引き出しながら革新性をも盛り込んでいるのが、アレンジャー陣の数々だ。GARNET CROWの古井弘人は、シンプルなアレンジから打ち込みの大胆なアレンジまで手際良くまとめた熟練の技を効かせ(「翼はなくても」「砂のしろ」「故郷」ほか)、池田大介は思わず涙ぐむストリングス・アレンジを(「じゃあね それじゃあね」)、大賀好修は美麗ギターを響かせ(「ひとは大昔 海に棲んでたから」ほか)、岡本仁志は繊細なグルーヴを提供し(「sha la la...」)、リリカルなアコースティック・アレンジなら小林 哲(「恋心」ほか)、というようにあくまで小松作品の味を損なう事なくツボを心得たアレンジ・ワークは、今作を彩り豊かに飾っている。
さてそれでは最後に“当たり前だけどとっておき”の今作の聴き方をお教えしよう。このアルバムでは、どの曲の主人公にも、あなたがあらん限りにイメージした小松未歩像をオーバーラップさせて聴くべし。つまり、1枚の動かぬジャケット写真やアーティスト写真から換気される小松未歩像、それを作品の中に思う存分投影させながら、彼女の作品を聴くのだ。そうするとどんどんイマジネーションが広がっていくから面白い。例え、作品と作者の間に紛れもないフィクションが存在するとしても、リスナー側が想像の世界で感情移入して聴いた方が、今作は絶対盛り上がれる。ぜひ、お試しあれ。
アーティストと呼べる数少ないアーティスト、小松未歩。控え目ながら愛情のこもった良心的な彼女からの贈り物『小松未歩 7 〜prime number〜』。この冬は是非じっくり堪能して聴いて欲しい。(斉田才)
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