93年にソロ・デビューし、これまで発表してきたオリジナル・アルバム『砂時計』『氷』『満月〜rhythm〜』の3作全てをオリコン・アルバムチャートTOP10入りさせる等、ヒット作を次々とリリースしてきたシンガー・ソングライター宇徳敬子。
優しく透明感溢れるヴォーカル、幅広い音楽ルーツから生み出される洗練されたメロディ……、自然と心が癒され温かい気持ちに包まれるヒューマンな楽曲群が、これまで多くの人々の心を捕えてきた。
そんな彼女が実に8年振りにオリジナル・アルバムをリリースする。今作には、99年にリリースした13thシングル「Realize」、2000年にリリースした14thシングル「大切に想うエトセトラ」、同年開催のゆうあいピック岐阜大会のテーマソング「I can feel 〜世界で君がいちばん光ってる〜」の他、TBSテレビ「クチコミ」10・11月度エンディングテーマとしてオンエアされている「Strawberry night」を始めとした新曲を加えた全14曲を収録。アコースティック・ギターやピアノの旋律が繊細に響く、しっとりとしたトラックにヴォーカルが心地良く溶け込むナチュラル&オーガニックなアルバム。そんな今作について、リリースに至った経緯から新曲の話を中心に本人に聞いてみた。
(INTERVIEWED BY EMI MORI)
●およそ8年振りとなるオリジナル・アルバムの発表という事ですが、アルバムとして作品化しようという気持ちは、ご自身の中ではずっとあったんですか?
宇徳敬子(以下宇徳):今回の作品は実はほとんどが過去に置き去りにしてきた曲ばかりで。そういった曲達をちゃんと聴いてもらいたいなっていう長年の構想の中で、時期が自然と来たのが今だったという感じです。
●ずっと温めてきた大切な作品を、このタイミングで披露しようといった感覚ですか?
宇徳:自分の中では曲を温めていたっていうよりも、凍結保存していたっていうか凍らせておいた感じですかね(笑)。冷凍パックしてるとフレッシュなままだったりするじゃないですか、そういう感覚なんです。自然解凍したその曲達が今度は人の心も溶かしていけるような短編小説を聴いてるような作品集になればいいなと思ってます。
●前作からこれまでの間、制作はずっと続けていらっしゃったんですか?
宇徳:音楽って私にとって“空間”なんですね。幼稚園の頃、ヤマハの音楽教室に通い始めてオルガン・ピアノ・エレクトーンに目覚めていって物心ついた時から歌ってたみたいです(笑)。ずっと周りに音楽があったので家族みたいなものですね……。当然、譜面にも強く初見でいろんな曲をコピーしたり、フレーズを口ずさむ時はハーモニーも一緒に頭の中を♪が流れてくという……本当にいつも夢心地で耳から入る音をピアノで表現して遊んでる子供でした。例えばそれは、自分のソロ活動ではなくて、他の方々のコーラスをずっとやっていた時期もあったり。そういう一切自分の事をやらずに違う角度から音楽に触れている時期っていうのも楽しかったし、素直に喜びを感じていましたね。自分の事よりも誰かの為にって思う事で、私って頑張れるんだなっていう自分自身を発見出来た部分もあって。エゴじゃなく自然に音楽と触れられている自分を何かいいかなって思えたり。そういう時期が無にさせてくれたというか、透明にさせてくれたというか……。結局それがソロ活動に活きる1つの糧になったと思います。誰かに必要とされる事は、“ハーモニー”っていうか、“調和”ですよね。心の調和を音楽で出来るっていうのは私にとって“喜び”だなって。そんな風に感じながら音楽と向き合っていました。
●今“喜び”っていう言葉が出てきたんですけど、今回のアルバムにも“よろこびの花”というタイトルが付けられていますね。
宇徳:人生、一本の筋を通して生きてゆきたい。でも、紆余曲折だったり色々な波があったりしますよね。結局楽しい部分なんて人生の中で一瞬に過ぎないでしょ。少ないからその喜びが大きいわけで、その一瞬の為に努力したり頑張り続けるっていう過程がすごく大事で。上手く行く事だけが良いかっていうと逆にそれはつまらないから。傷つきたくないっていうんじゃなくて、大いに傷つきながら気付いていって、そうやって経験したものが結果的に“よろこびの花を咲かせる”っていう、そこに繋がっていったらいいかなっていうのがテーマだと思うんです。私自身、このアルバムをクリエイトする過程に於いて、“絶対に妥協出来ない手を抜けない”、“聴いてくれる人達がどんな気持ちになれるか?”をテーマに創ってましたから。
●妥協しない分、苦しみも多いでしょうし、時間もかかりますよね。
宇徳:そうですね。色々ひっくり返しながら、音だけじゃなくて、言葉で、むしろ歌う事より話す方が多いくらいにみんなとコミュニケーション取りながらやっていきましたね。時には周りに理解されない事もあって人を傷つけてしまう事もあったり……。エンジニアさんやデザイナーの方にも、“えっ”て顔をされた事もあったり。やっぱりみんなプロとしてやっていればプライドもあるし、いい物を創ろうとすればぶつかり合う場面もあるわけです。でも、みんなで力を合わせて一丸となってやっていく時に、まず自分が責任を取るという事で最終的に“よろこびの花”が生まれるんじゃないかなって。自分の言動や行動に思い描いた夢をかけて実現するまで責任をとると、周りに言い切ってやりましたから。
●実際作っていく中で“よろこびの花”は生まれましたか?
宇徳:今回オープニングでバグパイプ奏者に参加して頂いてるんですが、私もディレクションさせてもらったんですけど、“今まで自分にない音が出せました”って言ってもらえたんです。彼がそう言ってくれた時に初めて私なりに彼のソウルを引き出せたのかと嬉しくもありました。それってやはり音楽が持っている魔法じゃないですか。“無”から“有”を生み出す時っていうのは、苦しい思いをしたから、嬉しい、楽しい、良かった、に繋がるんですよね。それはもう音だけじゃなくて、映像にしてもジャケットにしても全てに於いてそうだったんですけどね。何も自分の思う通りにやって欲しいっていうわけではなくて、自分の言った言葉をキーワードにクリエーターがどう感じるか投げかけて、それが一致した時の感動とか。そういう場面がいっぱいありました。最後まであきらめずに自分の描いた夢を実現する為のコミュニケーション!それぞれが感じる心をひとつにしていく喜びが華となる!みたいな。
●そんな風にこだわった今回のアルバム。特に大切にされた部分って、どんな所ですか?
宇徳:流れですね。感情の流れのように曲の流れと間のタイミングを大切に考えていきました。それから、今まで使った事がなかった民族楽器や生楽器と自分の声を融合させるっていうのがずっと前から興味があったので挑戦したり……。あと応援してくれる皆さんの気持ちに音楽で応えたかったっていう部分でしょうか。私、デビューしてから意外とライヴ経験が少なかったんですよね。でもここ何年か、大阪にあるhillsパン工場cafeというライヴ・ハウスに定期的に出演させて頂いて、今まで表情を見る事が出来なかったファンの方達と触れ合う機会が増えたんですね。そこでライヴの感想や応援のメッセージをメールで頂いたりして。そういうみんなの反応も今回の収録曲の参考にしたりしましたね。新曲を勝手にリリースしてからその後ライヴで聴いて下さい!じゃなくて、まずライヴでやってみてリアクションがいい曲を優先して選んだり。応援してくれる方々の顔を浮かべながらとにかく完成したい!って気持ちに駆立てられて、恩返しという感謝の気持ちで創っていましたね。
●民族楽器や生楽器とご自身との声の融合というのは?
宇徳:2曲目の「I can feel 〜世界でいちばん君が光ってる〜」には、今回“ティンホイッスル”という民謡楽器を取り入れてます。私はアイリッシュ系の音が好きで、実はこの“ティンホイッスル”を自分で持っていたんですけど、何と今回出会ったバグパイプ奏者さんが私のイメージしていた“ティンホイッスル”を持って来てくれたんですよ。なんか自分の興味のある民族楽器を持ってきてくれたのがすごく嬉しかったですね。そして見事にイメージ通りに私のコーラスの声とミックスされて民族楽器Voiceハーモニーが実現しました。
それと、先程から話に出ているオープニングを演奏して頂いた“バグパイプ”奏者の方に出会えた事は神様にプレゼントされたなって感じがしましたね。この楽器はスコットランドで有名な伝統音楽で、日本でいう雅楽に近い感じですかね。魂を揺さぶるような音を感じてもらえたらいいなと思ってアルバムのプロローグ的な感じにしました。
あと、「雨の日はポジティヴ」では“レインスティック”という民族楽器で雨音を融合させてみたり。これは南米チリ・インカ帝国の時代に雨乞いの儀式で使われていたと言われているものらしいんです。実は“レインスティック”も自分の持ち物なんですよ。今回自分でも感じるままに入れてみました。心と体のバランスをとり悪いものを取り払ってくれるような癒しの音ですね。
そして、最後の曲「Kiss -piano ver.-」には“ガムランボール”を使っています。これは清らかな音っていう意味があるらしくて願い事を叶えてくれるお守りのような物で、そんなに素敵なサウンドなら入れても素敵なんじゃないかなって。そういう気持ちの良い、疲れが取れる世界に皆さんを誘いたいなと思いまして♪
●民族楽器の音色って、癒されたり、心に響きますよね。
宇徳:人間って、感じる心ってひとつなんですよ、万国共通。生の声と民族的な楽器っていうのは初めから構想の中にあったんですよね。
●なるほど。ところで、先程ライヴでのファンの方との交流の話をされていましたが、3曲目の「Strawberry night」はまさにライヴで披露されていた曲だとか。
宇徳:そうです。この曲は当初のアレンジにライヴ・アレンジを追加して完成させました。それからタイトル曲になっている「True Kiss」もライヴでご好評を頂いていた曲ですね。この曲は、“泥水の中でも力強く咲く蓮の花”を見た時に感じた気持ちを詞にしてみました。あと「雨の日はポジティヴ」はライヴで披露した後にタイトルを見直して、ライヴを通して感じたコトバの響きはやっぱり“ポジティヴ”だなと。クリエイティヴにポジティヴに……です(笑)。
●5曲目の「Deep story」は、R&Bテイストで今までの宇徳さんとは一線を化す新しい感じの曲ですが。
宇徳:『満月 〜rhythm〜』を制作してる頃に書いた曲です。自分がわりと好きなテイストで、好きなフレーヴァーっていうのはジャンルを超えていっぱいあるんですけど、それをサウンドにした時にいかに自然に納まる流れにするかって事にはちょっと気を遣っていますね。曲を創ってからアレンジする時には私の好きなUKのR&Bグルーヴをしっかりイメージして料理していきます。トラッキング・メイカーに伝える一番大事な要素ですから。またこの曲はマイナーな感じなので歌詞も違う角度から思い切ってやってみました。歌詞がダークな場合、毒々しく表現するとベタになってくるので、和な感じを洋テイストにアレンジしてみたり歌い方も重くなりすぎないようにライトに歌ってみました。
●そういう意味では6曲目の「雨の日はポジティヴ」もしっとりしているけど、英詞がたくさん入っていたりして、音として耳に入ってくる時に他の曲とは違うタイプの曲だなって思ったんですが。
宇徳:これもね、結構古い曲なんですよね。2000年、「I can feel 〜世界でいちばん君が光ってる〜」と同じ頃に創ってると思うんですけど、当時は洋楽っぽ過ぎて周りにあまり受け入れてもらえなかった曲なんですよね。今回、当初歌詞を全て英詞で描いていたものを書き直しました。自分の中ではヨーロッパの雨をイメージした曲です。ヨーロッパの雨って映画でのイメージだとおしゃれでドラマが見えてくるようで好きなんです。澄んだ雨音とかしっとりしている雨音が心を浄化してくれるっていうか。私の最近の口ぐせで“雨の日はクリエイティヴだよね”っていうのがあるんですけど(笑)。雨の日って、自分と向き合える時間が持てて色んな事を思慮深く考えられたりするじゃないですか。体力的には結構気圧にやられちゃったりするんだけど、雨上がりの澄みきった空気感が私は好きだからネガティヴにならないように心と体に良い事を考えるようにして。そうすると自然のリズムが自分の中に溶けてきて、“あ、明日も頑張れるかも”みたいな。女性って情緒不安定な生き物だったりするので、それを“素敵な女性になる為に自分を磨く時間”として提示してみたんです。映画のようなシーンをイメージしながら雨の日だってそういう気持ちのいい日にしたいですからね。ちょっと頑張り過ぎる自分をリセットするご褒美にどうぞ。な〜んて……。
●歌詞は、聴く人の背中を押したいと思いながら書かれたりするんですか? それとも、曲のイメージだけで書かれていく感じなんですか?
宇徳:わりと自然にやっていますね。普段考えてる事を書いてますけど、でもそれがちょっと恥ずかしくなって結局詞がないシンガーに(笑)。何故か曲ばかりボンボン書いて歌詞がない!みたいな状況が多いです。でも書き出すと楽しくって。作詞って自分のストーリーになっていくのも恥ずかしいし、じゃぁ、思い切って小説にしてしまえばいいのかっていうと、それはまた嘘みたいで嫌だなって思った時に、ちゃんと切り口を見つけて割り切っていかないとって思ったんですよね。出来上がったら自分のものじゃない、他人のものになるっていうか、聴く人に預けるっていうか。「Deep story」は、そんな風に思った時に書き始めた曲だったので、そういう意味では新鮮に感じてもらえたらいいなって思います。また「神様からのプレゼント」は家族に向けて書きたいなと思って。家族だと照れくさくって自然にありがとうって言葉もなかなか言えないじゃないですか。でも人って、生きてる間に言葉で表現すべきというか。恋愛なんかもそうですけど好きってわかっているから言わなくていい、じゃなくて、ちゃんと言葉にするべきだと思うんです。例えば頑張ってる女性が“頑張ってるね、でもそんなに頑張らなくてもいいんじゃない”って言われる事で“あっそうなんだ”って楽になれたりとか、すごく大切な言葉ってあるじゃないですか。そういう言葉を素直に言える人間でいたいっていう、人間としての根本的な原点ですね。分かってるけど意外に当たり前の事が当たり前に出来ない。それをこの曲で言い切ってしまおうかなって。だからこの曲は自分の両親にも聴かせたいなって思いますね。
●今回の作品は、自分で聴いて楽しむというのはもちろん、誰かに聴かせてプレゼントしたいなっていう曲もたくさん入ってるなと感じました。
宇徳:そうですね。私自身、それが自然なのかなって。誰かの為には頑張れる、誰かの為ならパワーが出せるっていう。自分の為だけにやらなきゃいけない時って上手くやれないけど、誰かの為に力になろうとしている時ってピュアな音楽が出せるなって感じるんです。それを自然に出していこうとしたアルバムなので聴いて下さった方にもそう感じて頂けたら嬉しいですね。
●では最後に、このアルバムを待っていた皆さんにメッセージをお願いします。
宇徳:1人になりたい時とか、裸の自分の心と向き合いたいと思った時にこのアルバムをお供させて頂けたらって思います。隠しだてしない素直な気持ちを掃き出す力になれる、そんなお友達のような存在になって頂けたらと。自分らしい色って本来は出せるはずで、でも往々にしてそれを隠してしまうんですよね。そうじゃなくて、ナチュラルな色を自然に出せる勇気を持ててもらえたらいいなと。いろんな愛情表現で全てを前向きにとらえて、それぞれの心に描く人生というストーリーにヨロコビの花を咲かせていきましょう!私もこのアルバムを通して巡り逢える喜びに感謝したいです。
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